あなたアラーム
「穹」
呼びかけられた声で、ふと目が覚めた。
頭の中に眠気がこびりついている。あれ? 俺、丹恒に起こされた? 今、何時だ?
「どうしたの丹恒」
呆けた意識から必死に言葉を絞り出す。
「お前、今日は朝から依頼があるんじゃないのか。もう七時半だが大丈夫か」
「え、確か七時に目覚ましセットして――」
そう言いながら端末を手に取り、電源ボタンを押そうとして気が付いた。
「……充電切れてる」
「そういう事だろうと思っていた」
ああ、昨晩は手に持ったまま寝落ちでもしたのだろうか。それはアラームも鳴りようがない。とはいえ、七時というのは余裕を持って起きようと考えてセットしていた時間なので、三十分のロスはそれほど痛手ではないのが救いか。
朝ご飯食べたらそのまま出るよ、と丹恒に告げて、俺は資料室を後にした。
「あ、丹恒だ。おはよう!」
穹を見送ってしばらく経った頃。朝食を摂ろうと食堂車へ赴くと、三月がベーグルをもふもふとかじっていた。挟んでいるのはチーズとジャムだろうか、今朝の彼女は甘い物な気分のようだ。
「朝ご飯、まだだった? 甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」
「塩気のあるものがいい」
「じゃあ、パストラミとレタス! ウチがやってあげる。美少女の手作りだから、ありがた~く食べてよね」
加工品をパンに挟むだけなのに「手作り」とはよく言ったものである。
「誰がやっても同じだろう」
「穹がいたら絶対やってほしいクセに!」
「揶揄うのはよせ」
そんなやり取りを交わしながらグラスに水を注いでテーブルに戻ると、三月お手製(ということにしておく)ベーグルサンドが皿のど真ん中で待ち構えていた。三月から「さあ召し上がれ~!」と告げられる。朝とは思えないテンションの高さに溜息をつきつつ、小さくちぎってひとくち。絶妙なみずみずしさと塩気が口内に広がった。
「そういえば」
またしても三月が口を開く。
「穹から伝言。『言い忘れてたけど、起こしてくれてありがとう』だって」
「そうか」
寝坊したの? と尋ねられたため、俺は経緯を簡単に話した。穹が昨晩「明日は朝から依頼だから早起きしなきゃ」と言っていたこと、今朝自分が起きたときに穹が思い切り寝ていたこと、彼の予定を思い出して心配になって起こしてやったこと。そこまで話し終えたタイミングで、三月は「そっかあ」と笑う。
「丹恒ってモテない?」
「いや……そもそも今までの俺に、そんなことを考える余裕は無かった」
「うーん、確かに。でもさ、コイビトの何気ない一言をちゃんと覚えといて、思い出してくれるの。なんだろうな~。丹恒みたいなイケメンにそんな事されたら、誰でも絶対、好きになっちゃうよ」
――成程、言わんとすることは分からないでもない。自分を自分として見てくれて、自分についての諸々を覚えておいてくれるということは、確かにどこか満たされるものがある。例えば「甘くない方がいいよな」という言葉と共に、砂糖少なめの仙人爽快茶を手渡されたときの充足感といったら、ありきたりな言葉で表現するのは烏滸がましいとまで思えたのだ。
「……穹以外からの好意を受け取るつもりは無い」
「わ、今の爆弾発言だよ~! あとで穹に言っちゃお!」
「はあ……、勝手にしろ」