生きている証を分かち合う
「――う……」
ふと、穹の魘される声で目が覚めた。悪夢でも見ているのだろうか。ひどい汗をかいているし、なにやら落ち着きが無い。
大丈夫か、と声をかけようか迷ったが、一方で寝ている人間を無理矢理起こすのも憚られるような気がした。どうすべきか考えあぐねていたところ、朦朧とした表情で彼がこちらに手を伸ばしてくる。
「……たすけ、て」
誰に乞うているのか定かでなかったが、自分が救えるのならば救ってやりたい、と思った。それも、できれば、穏やかに。丹恒が出した結論は、声をかけるでもなく、起こすでもなく、ただ抱きしめることだった。
「穹。大丈夫だ……俺がここにいる」
その身体をぎゅ、と、優しく引き寄せる。すると穹は、縋り付くように頭を胸へ預けてきた。両腕を回して、背中をとん、とん、と叩いてやる。しばらくそうしていると、乱れていた呼吸が徐々に落ち着きを見せはじめた。どうやら彼は再び深い眠りへ落ちたようで、それきり何かを言ったり動いたりすることはなくなった。
微睡みに誘われながら、果たして自分は彼の助けになれただろうか、と、丹恒は考える。大切な人が悍ましい夢に追い込まれているという状況は、自身の心胆すら寒からしめるのだと、このとき初めて痛感したのであった。
「あ、起きた」
――眠りから覚めた丹恒がまず捉えたのは、見上げるようにこちらをまじまじと見つめてくる金色の眼だった。
「あのさ。俺、昨晩、寝ぼけてなかった?」
丹恒の覚醒に気付くやいなや、穹がそう口にする。少し、何かを心配するような声色だった。記憶が無いままあの振る舞いをしていたことを指して「寝ぼけていた」とするのなら答えはイエスだが――。
「寝ぼけているというよりは、夢見が悪そうだった」
「はあ、やっぱり……。丹恒の言うとおり。突然背後から襲われて、どこかに閉じ込められて、知らない場所に連れて行かれそうになる夢、見てさ。それで――」
そう話す彼の顔は少し青ざめていた。あまりにも痛々しかったので、無理に思い出さなくていい、とやんわり制止する。
「あまり眠れていないんじゃないか。気分は悪くないか」
「大丈夫――というか、なんか抱きしめられてるから、多分、真夜中に起こしたんだろ。迷惑かけて、ごめん」
このタイミングで「迷惑かけてごめん」と来たか。丹恒は、溜息をつきたい気持ちをどうにか飲み込んで、「いや、いい」とだけ答えた。
日頃散々気ままに振る舞って此方をもてあそんでくる癖に、こういうときだけ負い目を感じるとは一体どういうつもりだろう。怒りとまでは言わないが、不服を申し立ててやりたい、という気分にはさせられる。その割り切れなさが滲み出ていたのか、穹が「……怒ってるか?」とためらいがちに尋ねてきた。
「怒ってはいないが、謝罪されるのは納得がいかない」
「……」
「苦しみを独りで抱えて耐えたところで、得られるものなどひとつも無い。こういうときは迷惑だと思わずに、どうか俺と分かち合ってくれないか」
自分が言えた事ではないというのはよく理解しているのだが、それでも、抱え込まれるのは嫌なのだ。なぜなら、感情を共有したいという欲求は人間を人間たらしめるもののひとつであり、それに蓋をして秘匿する行いは、確実に精神を破綻させてしまうからだ。これは絶対不変の事実である――たとえ丹恒が不朽の寵児であろうとも、たとえ穹が作為的に生み出された命であろうとも。
「そうだな――今、すごく安心してる。ありがとう……」
「ああ、それでいい」
背中へ回したままの腕に、そっと力を込める。
そう、苦しみを独りで抱えて耐えたところで、得られるものなどひとつもありはしない。そして、感情を分かち合える存在がいるということは、自分の存在が肯定されることと同義であり、これ以上無い幸福をもたらしてくれる。それを教えてくれたのは、他でもない、穹なのだ。
「というか、人にそう言うならまずはお手本を見せてくれよ、丹恒先生」
「……すまない……善処しよう」