酣適の味
28歳、独身、人間、女性。巷で騒がれるようなものは何も持ち合わせていない、一介の医療課II級スタッフ。それが私だ。
担当は処置室兼休養室における諸業務。反物質レギオンの騒ぎが起こってからしばらくは目の回るような業務量に忙殺されていたが、今になってようやく落ち着きを取り戻したかというところである。ちょっと前まではマンネリだなんて形容していただろうが、今となってはありがたいことに、本当に何も無い午後のひととき。とは言うものの、ここは宇宙だから、故郷のようなお日様なんてものは無くって、昼も夜も変わらぬ明るさだ。
そんな平々凡々な私には、最近密かな楽しみがある。時折この『ヘルタ』にやってくる星穹列車という……なんなのだろうか、あれは、汽車だろうか……。そこに乗っている、ひとりのイケメンを拝むことだ。ううん、イケメンという言葉では安っぽいかもしれない。容姿端麗? 眉目秀麗? 違うな……。気高さもありつつ、硝子細工のような繊細さも併せ持ち、そしてベールに隠されたものを垣間見るような胸の高鳴りを与えてくれる――これ以上はよした方がいいかもしれない。やっぱりイケメンということにしておこう。とにもかくにも、そういう素敵な男性がいらっしゃるのだ。どこかの課のスタッフが「誰が彼のハートを射止められるか」などという賭けをしているといった噂を耳にしたが、不埒というより無謀が過ぎるな、と内心、感じている。なんて不遜な、私は顔を拝めるだけで十分だというのに。
――説明という名の陶酔が大変長くなってしまった。その星穹列車が、昨日から『ヘルタ』に停車している。ステーションの奥に引きこもることを強いられた私は医療室にすら出て行けない身なので、誰が何をしに来たのかは全く分からない。ただ、アキヴィリ様(合っていただろうか)のご加護によって、どうか休憩のタイミングでいいので、その彼とすれ違わせてほしい――。
「ベッド空いてますか!?」
「はい!?」
突然、部屋の扉が全開になり、全く知らない人が、これまた全く知らない人を抱えて走り込んできた。誰かを抱えている方は、まあいい。制服からして防衛課スタッフだ。もうひとりは――誰!?
「え、あの……こちらの方は」
「星穹列車の乗員さんの、えっと、穹さんです。倒れ込んでいるところを発見しまして、ベッドお借りできませんか」
――そういえば、このくすんだ白銀の髪には見覚えがあった。星穹列車に最近乗り込んだ男の子だ。以前収容部分で飲みかけのまま放置されていたコーヒーを何故か(本当に何故?)口にして、そのまま倒れて特殊解析室送りになったと人づてに聞いた覚えがある(何度でも言うけれど、本当に何故?)。星穹列車に乗ったというのは非常に羨ましい話ではあるけれど、記憶喪失という話らしいし、今までに受けた情操教育がパーになった結果の奇行なのだとしたら、ちょっと気の毒に感じる……かもしれない。今後関わりもしない他人の事情に首を突っ込んでも仕方が無いのだが。
「医療室への連絡は済んでいますか?」
「はい。のちほど医師が向かうので、と」
医療室のスタッフ何してんの、先立って連絡を寄越しなさいよ……という怒りを顕にせぬよう努めて、私は「それではB室のベッドを」と彼らを案内する。
「連携いただいているのは医療室だけでしょうか? 星穹列車には?」
「いえ、まだ何も」
「承知しました、あとはこちらで対応します。発見時の状況だけヒアリングしたいので、こちらの端末に入力しておいていただけますか」
「はい」
防衛課のスタッフをデスクに誘導し、私はベッドに横たわる星穹列車の男の子――穹くん――の様子を窺う。医師が来るまで一通りの事はしておかなければならない。ひとまず脈を測る。異常は無い。顔も青くない、というか、むしろ赤い。少し呼吸が苦しそうで、やや汗ばんでいる……熱っぽいのだろうか?話せますか、今の体調に何か心当たりはありますか、などとやり取りをする。
しばらくしたら、持ち場へ返した防衛課のスタッフと入れ替わりで医師がやって来て診察、それを元にした中途の調査結果、あとは防衛課スタッフのヒアリング資料。それらを突き合わせて出した推論――
「液剤の過量摂取です」
「そうか」
――を、なぜか私は星穹列車のイケメン――丹恒さん――に、説明させられているのである……!
えっと、ど、どうして……!?
面談室に二人きりで詰め込まれたこの状況、個人的にはラッキーを通り越した何かだけれど、星穹列車の方々からすれば仲間の危機な訳であって全く喜べるものではないので、私の感情は綺麗に相殺されて〝無〟と言うべき状態だった。いや、私は穹くんに何が起きたのかを説明するのだから、一周回ってそれでよかったのかもしれない。手元の資料を共有しながら、淡々とその内容を伝えていく。
「応物課の実験過程で生成された液剤がありまして、通称『快滴』と呼ばれています。ええっと……主な作用としては、気分の高揚……と言うのでしょうか。スタッフに現物を押収させて調査しているところですが、診察の結果では、おそらく穹さんは当該液剤を高濃度の状態で摂取し、先にご説明した症状を呈しているものと推測されます。有効量は超過しているものの、中毒量には達していません。おそらく、半日から一日程度で回復するかと」
私の報告を一通り聞いた丹恒さんは、資料を見返しながら眉を顰めた。そうですよね、やらかしたのは十中八九応物課の誰かなのですが、大事な仲間を危険な目に遭わせて本当にすみません……などと考えているところに。
「はあ……レギオン襲撃の事後処理が残っているだろうに、余計な仕事を増やしてすまない」
え? これ、私が謝罪される側?
「へっ!?」
思わず間抜けな声を発してしまった。お恥ずかしいところを……。
「いや、調査中とは言うが、おそらく穹が迂闊なことをしたのだろう。差し障りが無ければ彼の様子を見ても構わないだろうか」
丹恒さんはそんな私の様子を気にしないどころか、むしろ気遣いを見せてくれたのであった。アキヴィリ様ありがとうございます、彼はなんて優しい人なのでしょう。
「ええっと……」
それにしてもどうしよう、説明の際に勝手な判断で『気分の高揚』などと言葉を濁してしまったのがよくなかった。あの液体の主作用、快感を増幅させるっていうもので、つまり今、穹さんは割と恥ずかしいことになっていると思われるのですが……。いや、ここで私が「丹恒さんをお連れしてもいいですか」などと声をかけに行って〝最悪の事態〟に発展するのはあまりにも気まずい。気心の知れた同性の方が被害は少ないはず……少なくても駄目なのでは? まあ、甚大な被害よりはマシだろうか。一秒にも満たない時間でそんなことをぐるぐると考えていると。
「高濃度の快滴を摂取した赤の他人の経過観察なんて、あなたや他のスタッフも後味が悪くなるだろう」
――はい、仰る通りでございます。この方、誤魔化しが全然通じないどころか、腹まで括っていらっしゃいました……。
静まりかえった部屋の中で、思い切り息を吐き出す。躰の深いところから指先爪先に至るまで、極限状態かのように感覚が冴えているのを感じて、思わず奥歯をぎり、と噛みしめた。今まで好奇心の赴くままに行動して失敗したことは星の数ほどあるけれど、今回はその中でも嘔吐剤と一二を争うレベルのしくじりではなかろうか。いつもより緩慢な動きで寝返りをうとうとしたそのとき、羽毛布団の重みがうっかり股座にぶつかって擦れてしまった。
「っあ……んぐ――」
はしたない声を上げそうになるのを堪えて、顔を歪ませる。
と、同時にこの聴覚が捉えたのは、部屋のロックが解除される電子音。ただでさえ興奮で昂ぶっている胸を、さらに炙るような焦燥感が襲いかかる。どうやらこういった方面の羞恥心は人並みに持ち合わせているようで、現在の姿を誰かに曝すのは流石に憚られる気持ちがあったのだ。
「穹、様子を見に来た」
――しかしながらその〝誰か〟というのは、どうやら見知らぬ人ではないらしい。恐る恐る人影に目線を遣ると、見慣れた玉石藍の眼差しがこちらに向けられた。
「丹恒……」
「横になっていろ。大体のことは説明を受けたから話さなくていい」
「その節はご迷惑を――」
「はあ、そういうのは後で聞く。苦しくないか」
ここは「うん大丈夫、ありがとう」と答えるのが定型句なのだろうが、正直なところものすごく苦しい。「大体のことは聞いた」とこの人は言うが、一体どこまで知っていて、何のつもりで「苦しくないか」と聞いてきているのだろう。
「『苦しい』って言ったら、医療課の人を呼ぶか?」
躊躇い気味にそう尋ねてみると、丹恒は一瞬目を逸らして、それから。
「他人を入れたくないから俺が来た。探るような真似は必要ない」
と答えた。
どうやら、一部始終を知られているらしく、たいそう居た堪れない気持ちになる。けれども、取り繕う余裕があるかと問われれば今の自分にそんなものは全く無く、彼がそのつもりで来たのなら、遠慮無く縋ろうと思った。
「……苦しい、助けて、丹恒」
喉から絞り出すような声で、そう強請る。
「――口を塞いでいろ」
彼はそう言って外套と手甲を脱いで、傍らの椅子の上へ放り投げた。
身体を起こしたいが触れていいか、と問われて頷くと、骨張った手が肩を掴んだ。それだけでもびくりと上半身が震えて息を呑む。がまん我慢ガマン……と必死に念じてどうにか起きあがり、壁に背中を預けるような体勢をとると、丹恒がベッドの上に乗り上げてきた。このような状況で、ズボン越しに優しく擦り立てて――みたいな情緒など、あるはずも無い。あっという間にぐるぐる巻きのベルトや金具が外されていき、長らく悲鳴を上げていた熱塊が顕になった。軽く握りこまれて数回揺すられた後、彼の顔がぐい、と近づいてくる。
「っ――」
此方のぎょっとした表情を見たのか、一瞬、丹恒の動きが止まった。しかし。
「手の中に出されると片付けが面倒になる」
それだけ告げて真上から、唇許で、咥内で、それを緩やかに包み込んだ。
生々しい欲望を引きずり出されるような心地がして頭が仰け反り、髪の毛が壁にくしゃりと擦れる。血が沸き立っているこの躰をして熱いと思わせるこの感覚は、一体何なのだろう。下唇を噛んだ口を左手で覆い、その代わり、右手でシーツを引き摺って快感を逃がそうとしたものの、ぴりぴりとした弱い電流が残った。
「あっ、ん、っは……」
じゅ――と吸い上げられる音とともに、やはり〝ぴりぴりとした電流〟の形でじんわりと身体を這っていた快楽が暴れ出した。そそり立つ陰茎を撫でる彼の指先に、掌に、ぎゅっと力が込められるのを感じて、全身が跳ねる。
存在しないはずの魂がどんどん渇いていく。逃れたい。吐き出したい。満たしてほしい。相容れないような気もする望みが、ぐちゃぐちゃに思考を侵していく。しかしながら、すっかり熱に浮かされている頭を必死に動かして、「大きな声を出すとあの医療課のお姉さんに気付かれる」という危機感を繋ぎ止めた。
「ふ……っ、あ……た、っ……んぐ……」
片手では最早足りず、両手で口を押さえつけて、必死に背中を丸めて耐える。ぼろぼろと溢れる涙が、手の甲を伝って流れた。ふと、丹恒がこちらの様子をちらりと見る。快感を簡単に拾う今の躰では、こう目がばっちり合ってしまうだけで、本当に抑えが効かなくなる。
「たん、こ……う。も、いや……ぁ、あっ……あ」
ぎゅっと瞼を閉じた瞬間、裏筋を、鈴口を、彼の舌が這っていった。腹の奥に熱を感じて足腰ががくがくと震え、そのあまりの昂ぶりに、閉じていたはずの視界が眩んで瞠目する。それから数秒の間を置き、声を殺し続ける喉の奥から「出る」という一言だけを絞り出すと、自らのそれが精を思い切り吐き出した。
「っ、ごめ――」
口の中に出してしまうと理解していても、彼の頭を引き剥がす判断力は無かった。荒れた呼吸を整える余裕も無いまま謝罪する。
「いや、いい」
丹恒はそれだけ口にして、恍惚とした眼差しで、白濁に濡れた唇を中指でなぞった。いや、それは……反則、では。
「……わざと……やってるわけ」
「は――」
痺れの残る指先で彼の顎をぎこちなく掴んで、半ば強引にキスをする。しばらくその柔らかな感触を楽しんでから唇を解放し、屈みっぱなしになっていた上体を引き寄せた。
「ありがとう。もう歩けるから、帰ろう」
「だが」
そう、なんだよな。性欲の味と匂いがあんなにする口吻で、気分が収まるはずも無い。だからさ。
「 」
誰にも聞こえないような囁き声を、その耳元に吹き込む。丹恒は何も返事をしてくれないし、いまどんな顔をしているかも見えないけれど、微かに震わせたその躰が、性欲に当てられていることを物語っている。
三十分くらい経ってから、ずいぶんと顔色の良くなった穹くんが個室から出てきた。恭しく頭を下げられて「気分が良くなってきたので列車に帰る」と、個室のカードキーを返された。
「……丹恒さんは……?」
「あ、そのうち出てくると思うから大丈夫。それと」
「ええ」
「いま何か思うことがあっても、これから何か気付いたことがあっても、他言無用で」
「……?」
何が起こっているのかよく分からないまま数秒経って、丹恒さんが小走りでこちらへやって来た。「迷惑を掛けた」とやはり頭を下げられた。
足早に去って行く二人を見送りながら、再び考える。「いま何か思うこと」? 特に無いような気が……じゃない! 回復に半日から一日程度かかると言ったはずなのに、三十分で帰せるはずが無いでしょう! ……が、一瞬の焦りとともに、ふと思い出す。そうだ、穹くんが飲んだのは〝快感を増幅させる高濃度の液体〟だったはず。じゃあ――。
焦りが鎮まった代わりに、今度は計り知れない動揺に襲われた。作業を投げ出して全力疾走し、スタッフ証をB室のカードリーダーへ乱暴にかざす。身構えるようにして室内へ立ち入ると、目の前には――整然とした病室の光景が広がっていた。あれ? ベッドの布団は軽く畳まれて端に置かれている。シーツも元通り。くずかごも空。備品も全く使われていない。想定していたような状況では無かった。けれども。
――なるほど、「いま何か思うことがあっても、これから何か気付いたことがあっても、他言無用で」かあ。私にご加護を与えてくれていたのは、開拓ではなく愉悦あたりだったようだ。この秘密は、いま部屋の隅で健気に強運転を続けているこの空気清浄機と分かち合うしかない訳ね……。
列車に帰るなり穹の自室に連れ込まれ、ベッドへ思い切り押し倒された。なんと雑なと呆れつつも、分かっていてそれを受け入れているのは他でもない自分だ。
「まだ収まらないか」
と、問うと。
「……分から、ない」
穹は絞り出すような声を発しながら、先程の力任せな行いを詫びるかのように、今度は優しく抱きしめてきた。
「きっとあと何回か出せば身体は楽になる……けど、身体じゃない何かが、それじゃダメって言ってくる……」
「作用が作用なのだから、精神的な影響も少なからずあるだろう。その点は気にするな」
わざわざ「その点は」と添えたのは、迂闊に高濃度の快滴を飲んだこと自体は後で説教する予定だからだ。なんでもかんでも口に入れるなと、何回言えば理解するのだろうか。もしかしたら一生理解してくれない可能性も十分にあるが……。
投げ出していた両手を、彼の背中にそっと乗せる。液剤の作用でいつもより高くなった体温は、まだ下がりきっていないようだった。
「――あ、あっ、たんこう」
いきなり触れたのが良くなかったのか、ぴくりと躰を震わせて穹が濡れきった声を上げた。先刻も彼の迸りを喉で受け止めて同じようなことを考えたが、自分の手で理性を取り上げられて溺れきった穹の姿を見るたびに、本来この身が必要としていないはずの情動が目覚めてしまう。きっとそれは、彼も同じであるだろうけれど。
ふと、溶けきった金色の視線が、その柔らかさからは想像もできないような鋭さで突き刺さる。きっと今ので刺激を与えてしまったのだろう。
「さっきは少しふわふわしてたけど、今は普通?」
「流石にな」
そう返すと、今しがた口にした冗談のように軽いキスが降ってきた。そんなので良いのかと思っていると、やがて彼が浮かべたのは、やや苦い表情。まあ、そうなるな。
「は、も……無理」
再び重ねられた唇が、抑えつけていたであろう衝動を顕わにする。無理矢理こじ開けた咥内に舌を差し込まれた――というか、捻じ込まれたと形容した方が良いだろうか。それがいつもより随分手前で絡むだけでなく、今の自分は完全に仰向けの状態だ。これは……呼吸の仕方が分からなくなる。頭に酸素が回らない。平常時であれば全身が警鐘を鳴らすだろうが、このときに限っては快楽を叫んでいるのだから、生物とはよく分からないものである。
「ふ……、っあ……は……」
そうは言ってもこれ以上は生命活動に問題が出てきそうなので、肩を軽く叩いてやると、彼はやや名残惜しそうに顔を上げて、それから胸元に手を伸ばしてきた。
「丹恒……いい?」
ここから先は、理性の力が一切及ばない世界だ。
――意味のある言葉を発することを断念して、どれくらいの時間が経っただろうか。本人もいっぱいいっぱいなはずなのに、穹はいつもと変わらず丁寧にこの身を溶かしてくる。胸にも、耳にも、首にも、性器にも、こちらの欲求を散々膨らませて、もう限界だと思った瞬間に弾けるような快楽を与えて。
もちろん、後ろにも、今。
「う、いッ……あ゙……!?」
「ん……中ぐりぐりするの、相変わらず良さそう」
「ッ、きゅ、穹……っあ゙、はっ、う……!」
肚の中を指で掻き混ぜられて、ぐちゅぐちゅと淫らな音を発している。理性どころか思考さえも蝕まれ、教えられた泣き所を責められては訳も分からず喘いで善がることしかできない。その度に彼は、わずかな征服欲を滲ませつつ満足げに笑う。背筋が、粟立つ。
「まて、穹――も、う……」
「うん、イっていいよ、丹恒」
白旗を揚げると、彼はそう言った。自分以外の誰にも向けないであろう視線と声音が、あっという間に自身を絶頂まで引き上げる。
「っあ、あ、穹。出る、きゅ、ッ、うぁ……あ゙――!」
思わず穹の身体にしがみ付いて、喉を引き絞るような声を上げた。彼の指をぎゅう、と締めながら、同時に白濁を吐き出す。
前から出すだけならこの後すぐ我に返るところだが、どうやら今回は後ろでも達してしまったようで、なかなか感覚が落ち着かない。それを知ってか知らでか、穹は指を抜くや否や、長らく股座に収めていた熱をあてがってくる。
「丹恒が……さっきの俺と同じくらいどろどろになるまで、我慢してて……だから、もう、待てない」
「いい……。最初に煽ったのは俺の方だ」
ん、と小さく頷くのを見た瞬間、彼の剛直が、自身の躰を容赦なく貫いた。
「ひ、ッ……」
愛撫はいつものように優しかったのだが、挿入は容赦が無い。「今日は手前がいい?」と問われながら雁首で入口を擦られ、それから「それとも奥がいい?」と問われながら奥を叩かれる。どちらが良いか判断しろと言われても、そんな思考力、あるはずが無い。
「う……あ、あっ、あ゙――!」
彼の自室がある車両は滅多に人が来ないのをいいことに、声が枯れるほど叫ぶ。もう一度前が精を吐き出し、それに引き摺られて後ろが収縮する。その快楽が余計に自分を追い詰め、完全に降りてこられなくなっていた。
「あ、丹恒、出る……っ」
引き摺られたのは穹も同じだったようで、間もなく肚の中に熱を放つ。先程一回出しているはずなのだが、とてもそうとは感じられない量である。
なんということだ、と息をつこうとしたその時。
「はあ、もっと奥、足り……ない……」
腰をぐっと掴まれ、勢いよく内壁を擦りあげられる。それでようやく、穹の陰茎が全く萎えていないことを察知した。
「ま、て……あ゙、ん……ッ――!」
どちゅ、ずちゅ、と、いう音で、脳味噌まで掻き混ぜられる心地がする。気にするなと言ったのは自分なのだが、予想以上に身動きが取れなくなってきている気が……と考えているうちに、また全身ががくがくと震えて。朦朧とした意識できゅう、と名前を呼んで、何度も精を吐き出し、そして精を受け止め続けた。
「――で、お前はどうしてこんなものを口にした」
あのときの乱れっぷりが嘘のように、このひとは鬼のような形相を此方に向けているではないか。
それはそれ、これはこれ、と言うやつだろうか。
「大変反省しております……」
応物課の実験に協力する過程で、快滴の濃度を高めたら実際どうなるのかと思って、独断でこんな行動に出た――などとは口が裂けても言えない。だって丹恒にしたら馬鹿馬鹿しすぎるだろう、こんな理由。
まあ、わざわざ自分から言わずとも、こんなのはヘルタ側の調査で明らかになることだ。今はとりあえず、この冷徹な蒼龍の熱りが収まるまで正座をしておくしかない。